那覇地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 判決 1986年7月15日
那覇市首里末吉町三丁目六五番地
原告
座間味勇
沖縄県浦添市字宮城六九七番の七
被告
北那覇税務署長
伊波盛茂
右指定代理人
布村重成
同
林田慧
同
安里康市
同
町田宗伴
同
玉城清光
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告が昭和五五年七月七日に確定申告した原告の昭和五二年分の所得税額に誤謬があるので同決定額を取り消し、原告の主張の所得額のうち雑所得の額を八四〇万に更正の上所得税額を決定せよ。
二 被告の本案前の答弁
主分同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五二年九月二〇日、宜野湾市真志喜蔵当原六七九ノ一ほか三筆の土地に関する売主佐喜真博、買主財団法人郵便貯金等事業協会間の売買契約締結に伴う手数料として、自己の分と小島俊介を代理して同人の分とを合わせて佐喜真から金一六八〇万円(以下「本件手数料」という。)を受領した。
2 原告は、同月二一日、小島に対し、右手数料の二分の一の金八四〇万円及び同人との共同事業である海砂採取販売事業の出資金六九〇万円合計一五三〇万円を渡した。
3 原告は、昭和五五年七月七日、被告に対し、本件手数料の二分の一は小島俊介の所得であつて原告の所得ではない旨資料をそろえて説明したが、聞き入れてもらえず、その理由はわからないが同日午後三時までに申告書を提出するよう時間を区切つて要求されたため、内心は不服であつたが、やむなく被告の指導に従い、本件手数料金額を原告の雑所得とした昭和五二年分の所得税の確定申告書を被告に提出し、右申告どおりの所得税額が決定した。
4 しかるに右確定申告は、1記載のとおり原告の所得ではない八四〇万円をも原告の所得としてなされた誤つたものであり、かつ、強要されたものであるから、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 被告の本案前の抗弁
1 本件訴えが、「原告が昭和五五年七月七日被告に対してなした原告の昭和五二年分所得税の確定申告のうち、総所得金額一一七四万二〇〇〇円を超える部分を取り消す。」との判決を求めているとするならば、行政事件訴訟法三条二項によれば、取消訴訟の対象は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であることを要するところ、申告納税方式に係る租税の申告は、納付すべき税額を確定させる等の公法上の法律効果を有する行為であるものの、私人の行為であつて、行政処分ではないから、取消訴訟の対象とはならない。
2 また、本件訴えが、「被告は原告の昭和五二年分所得税につき総所得金額を一一七四万二〇〇〇円とする更正(減額)処分をせよ。」との判決を求めているとするならば、それは、行政庁である被告に対し特定の行政処分即ち原告の昭和五二年分所得税につき総所得金額を一一七四万二〇〇〇円とする減額更正処分を行うことを求めるいわゆる義務付け訴訟であるところ、憲法の定める三権分立の原則の下において、行政権は内閣に属し、行政処分の第一次判断権は内閣の統轄下にある行政庁に属するのであるから、司法権が自ら行政処分を行つたり、行政庁に対し特定の行政処分を行うべきことを命ずるようなことは、行政庁の第一次判断権を侵害するものとして、本来許されない。したがつて、いわゆる義務付け訴訟等の無名抗告訴訟が認められるのは、極めて例外的な場合に限られるのである。しかるに、申告に係る所得金額が課題である場合にその誤りを是正する方法として、国税通則法二三条は、所定の期間内に税務署長に対して更正の請求をすることを要求しているのであるから、更正請求という法の定める特別の手続を経由することなしに、直接、税務署長を被告として更正することを求める訴えを提起することは許されない。
なお、本件申告は、法定申告期限から一年以上経過した後になされたものであるため、本件申告につき更正の請求をしたとしても、それは、期間経過後の不適法な更正の請求として、更正すべき理由がない旨の処分がなされることになるものと思われるが、これは、更正の請求という申告の過誤の是正方法についての租税法律関係の法的安定性の面からの合理的な期間制限の結果であるから、やむを得ないものであり、したがつて、更正の請求をしても申告者の所期の目的を達することができないとのことをもつて、行政庁の第一次判断権を行政庁に留保させることなく、行政庁を被告として、直接更正することを求める訴えを提起することが許されるものということはできない。
3 以上のとおりであるから、本件訴えは不適法な訴えとして却下されるべきである。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 最初に、本件訴えの適法性について判断する。
1 本件訴えの訴旨は、不分明であるが、本件訴えのうちに、原告が昭和五五年七月七日になした昭和五二年分所得税の確定申告の取り消しを求める独立した訴えが含まれると解したとすると、申告納税方式による租税についての納税申告は、納付すべき税額を確定させる等の公法上の法律効果を有するけれども、私人の行為であつて行政処分には当たらず、したがつて、取消訴訟の対象にはならないというべきであるから、不適法であり、また、これを、「原告の確定申告に基づく所得税の課税処分」の取り消しを求める訴えと解し得る余地があるとしても、所得税額は、納税者の申告があれば、税務署長による更正がある場合以外は、申告により確定するのであつて、税務署長による「申告に基づく課税処分」があるのではないから、「原告の確定申告に基づく課税処分」の取り消しを求める訴えは、法律上存在しない処分の取り消しを求めるものであつて不適法である。
2 更に、本件訴えの全体もしくは後段の趣旨は、被告に対し減額の更正をすることを求めるいわゆる義務付け訴訟と解されるところ、行政事件訴訟法のもとにおいては、仮に義務付け訴訟のような無名抗告訴訟が許容されたとしても、それは、他の方法によつては行政庁の違法な公権力の行使による国民の権利又は法律上の利益の侵害を救済することができない場合に、一定の要件の下に例外的にのみ許容されるものというべきである。
ところで、一般に、納税申告を行つた者が、その申告に係る税額が過大であることを理由に税務の減額を求める場合には、税務署長に対し、所定の期間内に更正の請求をすることが可能であり(国税通則法二三条)、更に、右申告書の記載内容に客観的に明白かつ重大な過誤があり国税通則法等の定める方法以外にその是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には、所定の期間を経過した後においても、申告者は更に更正の請求という手段を経ないで申告の無効を主張できると解すべきであることを考慮すると、本件のような場合に、義務付け訴訟を許容すべき必要性があるものとはいえない。
したがつて、被告に対し、減額の更正をすることを求める訴えは不適法であるというべきである。
二 以上の次第で、原告の本件訴えは、いずれにせよ不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河合治夫 裁判官 水上敏 裁判官 後藤博)